こんにちは。アルテミスです。
今回で三回目の徒然講義、今回は民主主義について考えます。
前回までで見てきたように、いわゆる「正しい政治」は統治者のみならず国民全員が聖人君子でなければ達成できず、それは現実的に不可能だから、「正しい政治」に少しでも現実を近づけられる仕組みを構築する事が政治学の目的となります。
その仕組みとして現代最も主流の概念となったのが「代議制民主政」です。日本もこの仕組みを採っています。
古来、政治学的視点から見たときに、人民は三階級に分ける事ができます。定義付けは様々あるのですが、ここでは三階級に分けて考えていきましょう。
第一階級は王様、首相、大統領と言った統治者に大臣、議員など所謂政治家も含み、政治に直接的な決定権を持つ集団を指します。
第二階級は古代においては聖職者や貴族と言った、直接的に決定権は持っていないが、その地位や財産によって政治に大きな影響力を持つ人々の集団です。現代では財界の要人や政府委員に名を連ねる学者と言った人々等が挙げられます。マルクスの言うブルジョワ階級とはここで言う第一、第二階級の事になるのでしょうか。
第三階級はそれ以外の人々を指します。概ね一般平民とか大衆と言って表せる立場の人達です。一個人の政治的影響力は皆無と言っていいでしょう。
政治的影響力の大小で国民を三階級に分けるとこのようになります。この三階級に属する人々それぞれが、基本的には自分の利益の最大化を図って「政治」をやっています。
繰り返すようですが政治とは、それに関わる人が資源と言う名のパイを切り取って、自分が欲しいだけの取り分を得ようとする行いです。パイの大きさは有限ですから、誰かがパイを独占すればそれ以外の人はパイにありつけません。
「正しい政治」とは第一階級によって第三階級の隅々に至るまで、公正にパイが切り分けられる政治状態を指します。
中世の時代においてはこのパイの分配の権利の多くを領邦貴族(第二階級)が持っていました。自分の領地の平民(第三階級)を支配し、国王(第一階級)に対して強い影響力を持ち続けました。当然第一、第二階級の地位は世襲によって固定されていて、第三階級は政治的決定権も影響力も無いまま搾取され続ける構造にありました。
しかし近世において国家権力が拡大していくと君主がパイの分配の権利を独占するようになります。欧州の多くの国は諸外国との戦争のためにパイを多く分配し、フランス革命やアメリカ独立戦争はその結果発生しました。第二階級によってパイが独占され続けた第三階級が立ち上がったと言う事になります。
(近代)民主主義とは、資源の生産を行う第三階級が資源の分配にありつけない状態を批判し、資源の分配を自分達で行おうと言う思想になります。「代表(=政治的決定権)無くして課税(=資源搾取)無し」という言葉が民主主義の本質と言って良いでしょう。
これまで散々見てきたように、統治者が必ず有徳の人物(哲人)である保証はありません。または有徳の人物であっても資源分配を適切に行う能力が無い可能性もあります。そのような統治者が世襲制で絶対権力を持っている状態は、第三階級にとっては自分の生存確率をガチャにかけているようなものです。勿論SSRが出る保証は無いですし、リセマラもありません。
そのような第一階級のみに資源配分の権利が独占され、第三階級が搾取されることは社会契約の「不履行」である。それを避けるため第三階級が第一階級の決定に関わる事ができるようにすべきだ。
これが社会契約論を理論的支柱にした民主主義の概念になります。第三階級が第一階級の決定に関わる以上、社会資源の配分の比重は第三階級に傾き、より多くの人々に資源が配分されやすい事になりますので、「正しい政治」に近づきやすいということになります。
ただし古代ギリシアのポリスならいざ知らず、社会契約論が登場した近世においても国家は数百から数千キロの領域に数百万の人民を持つ巨大な空間であり、人民全員が集まって政治議論を行う、などという事は到底現実的ではありません。
そこで誕生したのが代議制民主政です。執政官(大統領や首相)や議員と言った第一階級に第三階級が選挙を通じて有徳の人間を選び出し、彼らに実際の政治や統治を委ねる、というシステムになります。これが現代社会で受け継がれる政治システムです。
今回は民主主義についてその発想の原点を考えました。次回は「共和主義」の概念から権力分立を論じ、現代政治の基盤となっている考え方を深掘っていきます。
それではまた、次の公演で。